Top会員投稿寄稿: 2014年6月

寄稿: 2014年6月アーカイブ

さぬき市地域活性化事業 旧多和小学校でどぶろく造り!

神余 智夫
藤岡 旭
(有)藤岡総合設計

 さぬき市南部の山間にある旧多和小学校は、2年前に閉校になり残念なことに子供たちの声は聞こえなくなりました。しかし今は地域の方々の元気な声が聞こえます。
 閉校が決定した頃より、閉校後の跡地利用を市と共に地域住民が一緒に考え形にしつつあります。

img-02-002.jpg  この地域は山間部で災害時には孤立の恐れもあることから、旧多和小学校は地域防災拠点の大きな役割をも果たす特に大切な施設と捉えており、また地域活動の中心的活動の役割が大きかったことから、住民がいきいきと暮らしていけるように施設整備をして複合的地域間交流施設として有効活用する取組です。
 特にこだわったところは愛着のある旧小学校をそのままの形で活用することでした。

img-02-003.jpg 閉校後の翌月4月地域の方々に地域活性化アイデアを募集提案して頂いたところ、農産物販売・お遍路プロジェクト・どぶろく製造販売・天体望遠鏡博物館等たくさんのアイデアを頂きました。住民の意識が高くとにかく始めてみようと決めました。私だけでなく地域の方々自身が、元気でいきいきと暮らせるようにしたいと考えていることに本当に嬉しく思いました。
 8月には会を発足し各地区より代表者を選出しました。週末毎に会合し、どうなりたいのか?どうしたいのか?何をすればよいかを話合いました。

img-02-004.jpg どぶろく製造に関してまったくの素人でしたので、まず多和地区全戸に製造販売所への視察研修会を案内周知したところ121人もの多数の参加により、皆の理解と親交を深める事が出来ました。これが一番の収穫かもしれません。

img-02-005.jpg 特に製造に関しては、さぬき市の協力のもと県・国に働きかけていただき平成25年3月末には香川県初のどぶろく特区に認定されまた。認定されたことにより一気にどぶろく製造施設の整備が始まり施設整備はさぬき市が、製造に関する機器等は有志による出資という形での出発でした。
 昨年9月には、待望の多和産の新米によるどぶろくの仕込みを開始し、毎日温度管理をして良いどぶろくが出来る様祈りつつかき混ぜ作業を毎日行いました。初めてどぶろくが出来上がった時は本当に嬉しく、出来具合も良かったので皆で大喜びしました。

img-02-006.jpg 11月オープン当初400本販売予定のどぶろくは初日に完売してしまい2日目に早くも予約販売となりましたが、現在ではコンスタントに仕込んでいる為お待たせすることなく販売が出来ています。
 農産物直売所はオープンに向けて地域住民総出で連日夜遅くまで作業したにもかかわらず、そこには笑顔と活気に溢れていて地域の団結力の凄さを思わずにはいられませんでした。感謝です。
 直売所オープン時には天体望遠鏡博物館のご協力により、貴重な望遠鏡で金星と月の観望会も実施しました。
 平成24年12月には、隣接する旧多和保育所に薬局を併設する診療所が出来て、山間部の高齢者にとって本当に安心できる公共サービスの場所となっています。
 ここまで旧小学校の活用経緯等を書きましたが、これから施設を案内いたします。

img-02-007.jpg  まず県道より煉瓦造りの旧小学校が見えますので校庭へどうぞ!皆様を校庭南にシンボルツリーである銀杏の木がお出迎えします。校舎前には手作り感満載の農産物の産直市です。地元70軒のご協力により旬の農産物等販売をしています。続いてそのまま一階校舎内へ入ると作品等の販売コーナー。旧教室はそのまま利用していますので低学年教室の雰囲気と黒板等が懐かしく感じられると思います。

img-02-008.jpg次に、その右隣りの入口にある大きな杉玉の奥へ入ると併設されたカフェ(笑)があります。実はサインもそのまま「校長室」なのです。来場者の方々は昔恐れ多くて入れなかった校長室で当時にタイムスリップしながらコーヒーを飲んでいます。校長室を抜けると東二階です。こんなに段が低かったかと思う懐かしい階段を上がるとだんだん米麹の好い香りがしてきます旧ランチルームを利用したどぶろく製造販売所です。

 では次に西二階の教室部分ですが、ここは平成27年より天体望遠鏡博物館になる予定です。建屋内に据付型大型望遠鏡を設置して主に天体望遠鏡を設置するほか、各教室には展示室・光学実験室・資料室・修繕室及び保管庫等として多数の望遠鏡を配置する世界に類を見ない天体望遠鏡博物館が整備オープン予定です。

img-02-009.jpg  これからの耐震補強工事等にも住民の期待は大変大きく、安心安全が守られ、地域住民がいきいきと笑顔で暮らせ、日々疎遠になりがちな高齢者にも気を配れるような中心施設として活用出来る事は、建築士として古いものも生かしつつ新しい地域の輪作りに役立てる喜びを感じています。
 この事業を通じて、建物ひとつにも人々の心の扉が開くのだと感じ責任の大きさを痛感いたしました。


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設計人生40年の記憶... 心のあり方...心地よい治まりどころへ

神余 智夫
入江 英樹
入江建築設計事務所

 先週、久々に新幹線で寛ぎながら、熱田神宮(神明造り・愛知、草薙神剣くさなぎのみつるぎを祀ってから昨年で1900年、遷座は平成21年10月10日)を訪ねる事ができました。参拝の後、境内の「こころの小径」をひと回り散策して......歩き疲れもあり、妻と「宮きしめん」を味わいながら40年の設計人生・心のあり方...について、ぼんやり回想に浸っていました。
 あくる日は、久々に明治村の旧帝国ホテルまで足を伸ばして一昨年の芦屋・フランクロイドの「旧山邑邸(ヨドコウ迎賓館)」、「旧甲子園ホテル(武庫川女子大学甲子園会館)」の余韻と遠藤新、谷川正巳等も久々に脳裏を掠めつつ渋い装飾空間をゆっくり楽しむ事ができました。
 又、一月には因幡国一之宮・宇倍神社(因幡国の国庁、国分寺、国分尼寺等のからみ...)に参拝でき雪景色の鳥取砂丘にも新鮮な気持ちにさせられました。
 昨年は、瀬戸内国際芸術祭での島巡りに忙しかった事もありましたが、予定していた、初春と秋の伊勢神宮・式年遷宮と5月の出雲大社の遷座祭には参拝できました。趣味となってしまった寺社巡りは相も変わらず続いています。そして、何処へ行くにも一眼レフカメラと、最近は折畳み杖を伴っています。
 私の設計人生40年目を迎えては、何かと賑やかな年でした。富士山の世界遺産、四国八十八箇所霊場もその登録への話題と開創1200年を迎える話題を始め 何かと周年事業の話題が飛び交っていました。
 備讃瀬戸の国立公園制定80年......環瀬戸内海エリアとしての多島海景観と文化的景観を思う時、城山城、屋島城等のからみ...が脳裏に浮かびます。
 そして、瀬戸大橋線が開業25年......以前、金子正則元知事から、自著「英知・創造・愛 −時にふれ 人にふれ−」を丁寧なサイン入りで手渡しされて、建築知事の弁...としての建築論、ブルーノ・タウト等、興味深い話の中に「瀬戸内地域を中心として ~中略~ 本土、四国、九州間の連絡強化は最も緊急を要する課題であり、また瀬戸内循環交通体系の確立という見地からも、この連絡ルートの早期建設が強く望まれている。~後略」の地図のページを示し「瀬戸大橋計画にはこの九州ルートもあったんだよ.........」と熱っぽく語られたことがはっきりと思い返されます。併せて、主要台風航路図等からもわが香川がいかに災害に合わない土地柄で恵まれているかを、その時改めて知らされました。
 システィーナ礼拝堂が500年、ちなみにディズニーリゾートが30年、東京タワーが開業55年と聞くとゴジラの映画に感動した子供時代を思い出します。
 そして、2000年問題に続くパソコンの2014年問題でもXPからWindows 8.1にとりあえず3台を経過的に入替えしましたが、乗り換えには苦労しました。思い返せば、初めてのパソコンが「PC9801M2(5インチFD)」でワープロも「松」から「太郎」そして「一太郎」へ...、表計算も「マルチプラン」から「ロータス123」という時期でもありWindows 3.1も当時は衝撃的な感がありました。
 祖父が大工、父は教職系の建築家という事もあり、我が家には古い寺院、洋館等の雛形も含めて多くの建築関係書が残っていました。その環境のせいか物心がついた頃から建築を意識していたし、父と共に建築行脚らしき日々もありました。自分の進む道は建築しかないと感じた高校時代、そしてその魅力は未だに色褪せてはいません。
 東京西麻布でのワークから、香川県立高松工芸高校建築科・教職の世界に一度は建築人生を夢見たこともありましたが、3年後建築設計の魅力には勝てず実務に入りました。
 父・(稔)は私の設計人生の根底に関わる計り知れない影響力があり、母も教職系でした。そして師でもある内井昭蔵先生は以前からその設計姿勢も脳裏に焼き付いており、作品が私に影響を与え続けてくれました。この1月に文芸春秋誌で内井奥様の回想の随筆が目に留まりました。生前内井先生が新居浜の仕事で来県の機会に合流し、多くの会話に夢中になり相当飲みすぎてしまったことを懐かしく思い返しました。
 その父(稔)の没年まで後1年半程となりました、そして、友人(同期)のY君、O君が逝ってから8年が経ちました。その頃から私の還暦を境に、仕事の流儀とアトリエのあり方に大きな軌道修正をかけてきました。
 設計人生・最大のターニング・ポイントとなったのは、父・稔の縁による、J学園・故O理事長ご夫妻との出会いでした。何回か学園90周年計画等の事例・課題を出され、夜を徹して夢中でコンセプトをまとめ、あくる日O先生に計画・設計イメージの思いを訴えたことが懐かしく思い返されます。「わかった、これからは入江君に任せる......」とのO先生の一言で、私の設計人生が決まったと言っても過言ではありません。
 折りしも、木造校舎から鉄筋コンクリート化への学園整備計画とも重なり校舎等の計画が次々と具体化していきました......。
 それから、O先生のお供で色々な施設の見学旅行が始まりましたが、徐々に、忙しいO先生の代理として多くの施設の見学に赴き、逐次報告したのを懐かしく想い返されます。総合私学としてのマスター計画、学校法人としての中・高等学校、短期大学、専門学校、幼稚園、そして社会福祉法人としての施設の計画もあり、さらにランドスケープ、オブジェ等、デザインワークはどんどん広がっていったことが懐かしく想い返されます。
 90周年記念誌は最終ページにイラストパースを描かせて頂きました。さらに100周年記念の1000ページを超える百年史には、担当した100周年記念武道館、90周年記念体育館等が鳥瞰航空写真で見開きページを飾っていたのを思い出します。女性的で端正なシルエットの体育館と、男性的で荒々しいディテールの武道館が校庭を介して正対して佇んでいる様は、私にとって学園の原風景とも重なっています。
 特に、K短期大学新宇多津キャンパスに於いては、候補敷地の選定に同行助言し、又新設大学構想段階での長期に渉る視察旅行には代理として相当数の新設大学にも赴きました。

img-01-002.jpg  山を切り開いた、新設のS中学校・高等学校(一貫教育)の新キャンパス計画でも多くの助言を求められ総括監理担当としての調整役も果たし、設計段階でも、一貫教育・進学校で有名な愛媛・A学園の見学に同行し、複雑な課題への解決策を議論・模索したこともありました。
 H島・林間キャンパス計画は給水船の関係で計画の見直しが、K看護・福祉専門学校新キャンパス計画でも見直しとはなりましたが、O先生とはプレゼン時以外でもよく熱い議論を交わしていました。
 M研修施設計画も、やはり土地探しで、車内でもロケーション等の構想を語り合いながら...眼前のA島との関連構想から カッター艇庫・施設の活用に至るまで.........いつまでも会話が続いていたものです。
 又、先生を介して、教育関係、芸術関係、宗教関係等、多くの人脈にも恵まれました。そして...40年... ご子息の現理事長ご夫妻共々、本当に長いお付き合いをさせて頂いています。今は亡きO先生ご夫妻には本当にいくら感謝しても感謝しきれないと思っています。
 先月の、香川県埋蔵文化財センターによる「讃岐国府跡現地説明会」の前日は何十年ぶりの大雪でした。自宅でも、トップライトガラスへの度重なる雪の落下音に驚き、少し不安感もあり、雪国の大変さを改めて実感できた一日でした。
 後日開催された、平成二十五年度讃岐国府跡探索事業成果報告会「讃岐国府を語る」於坂出市民ホールでは、新しい発見の報告に盛り上がっていました。さらに、大宰府から畿内への「山陽道(大路)」インフラを軸に、四国の「南海道(小路)」に纏わるロマンを感じざるを得ませんでした。
 「瀬戸内海―海と人の歴史」・香川県立ミュージアム講座の「古代の海の道」も、古の物流と人の流れを垣間見た感があり楽しめました。
 今、展示中の「古地図展」於多度津資料館も興味深く拝見しました。又「郷土の歴史講座(遠藤亮)」於丸亀中央図書館の「本島木烏神社~異形鳥居の謎を解く」から話が及んだ長崎街道のロマンにも関心が向いています。
 悠久の祈りの空間、心のおき方といったことに興味が出てきて、寺院、モスク、礼拝堂等の宗教建築への関心が続いています。又、古代にも興味が出てきたようで、先日も香川オリエントセミナー「メソポタミアの夜明けに迫る−再開されたイラク・クルディスタンの遺跡調査(小高敬寛)」於中津万象園も楽しめました。
 昨年は自分を見つめ直す意味もあり、春季研修は新教皇就任後のヴァチカン等、秋季研修はイスラムの色濃く残るスペイン・コルドバ等となり、締め括りとしては今春スコットランド等で予定しています。

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img-01-004.jpg 20周年時には「建通新聞・入江建築設計事務所20周年特集号」を多くの方々の協力で発行させて頂きました。父・(稔)に関しては、卒業設計の「サナトリウム」の図面(学会誌に掲載)、プロフィール等、を紹介しています。
 これまで人脈系を大切にしてきたのでホームページは作っていませんが、ささやかなPRとしては、「ナイスタウン」誌より「イエプロ「iepro」創刊特別号」に、又「香川こまち」別冊の「香川の建築家」には掲載させて頂きました。
 福祉のまちづくりアドバイザー(香川県)第1号として参加した「天満屋ハピータウン善通寺店」と、防災評定申請に手間取った「宇多津ビブレ」の閉店に接し、一つの時代とはいえ設計に関係した者として悲しい思いがしています。
 当アトリエの東京窓口でもある長女「入江亜季」の単行本 "群青学舎(全4巻)"、"乱と灰色の世界(5巻~以後連載中)" 等が、台湾角川版、フランス語版、ハングル語版、昨年の中国語版と国際的になってきたのか、「有名人・一流高校人脈」産経新聞社刊に掲載され少し戸惑いながらも喜んでいます。
 昨年は新東京駅、新歌舞伎座(東銀座)の杮落としを家族で楽しむことができました。そして、心地よい吃水面納まりの佐川美術館では久しぶりに好みの茶室空間の余韻に浸ることもでき、先日はマンドリン演奏の金属弦の音色に改めて酔うことができました。心和むひと時を大事にしたいと思っています。
 職住一体を前提としたアトリエ・設計事務所という設計人生に憬れての、生き様としての40年、その間ロータリークラブとのお付き合いも30年近くなり、メンバー等との心なごむ出会いも毎週の楽しみとなっています。
 そして、妻の理解とスタッフに恵まれた40年でした。感謝です。私も66才となり、これからの納得のいく設計人生を手探りしながら、今年はいくつ良い思い出を創れるかを楽しみにしています。

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