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-(会員シリーズ)過ぎし日を語る - 武田美治

太公望

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㈳香川県建築士事務所協会賛助会
会員 武田美治
(武田建設株式会社)

 「釣り好きは短気」と言われる。狙っている魚が 釣れないと、場所を変え、潮を待ち、仕掛けを変え、 餌も変え、それでも釣れないと、竿を変え、リール を変え・・・。ずいぶんと費用のかさむ遊びである。 しかし、当の本人は娘の離乳食のためだとか、ばあちゃんにおいしい魚を食わすためだとか、勝手に思 い込んでいるので、罪悪感はない。いつからこんなにも釣りに" ハマッタ" のだろう。決して私の父が 釣り好きというわけではなかった。逆に父は殺生が嫌いだった。壇ノ浦の料亭で出てきた車エビを海岸まで持って行って逃がしてやったとか、加工場の鉄筋の上に糞をする鳩を捕まえては大歩危までトラックに積んで離してやったりしていたのをうっすら覚えている。思い起こしてみると最初の釣りの経験は、 小学生の低学年の頃、木太町にあった田んぼの用水路で手のひらぐらいの鮒を釣ったのが快感の始まりだったと思う。昔は雨が降れば現場を休むこともあった。小雨の降る、けれども明るい午前中、現場から帰ってきた親戚の小島鉄筋の社長に竹の延べ竿 (ガイドもリールもない先にテグスをくくりつけただけの釣り竿)を貸してもらい、加工場横の田んぼの畦でミミズを掘って釣りに行った記憶がある。もちろん今はコンクリートの用水路になっているだろ うが、50年近く前の田んぼの用水路は古き良き時代の趣があった。会社から歩いてすぐの場所だったと記憶しているが、着いてみると何人か釣りをしている人影があった。教えられるままに竿を川面にかざ し、精一杯の力を込めて竿を握っていたと思う。ウキが沈み、突然手のひらに伝わるブルブルとした感覚。忘れられない一瞬だった。 

 釣り好きのことを「太公望」というらしい。ネットで調べてみると、その昔、中国の渭水で釣りをしていたところを文王が「これぞわが太公(祖父)が待ち望んでいた人物である」と言って召し抱えたという話に由来するとされるらしい。この故事にちなみ、日本では釣り好きを「太公望」と呼ぶ。江戸時代には「釣れますか などと文王 側により」という川柳も作られている。一方、中国で「太公望の魚釣り」と言えば、「下手の横好き」と言う意味が込められているという。小学生の時のこの経験が私を 「下手の横好き」にしたのは間違いない。 

 中学、高校と釣りには縁のない生活を送っていたが、たまたま知り合った友人が私に輪を架けたような「下手の横好き」だった。当時オキアミという南氷洋でとれるエビの冷凍が売り出され始めた。小学生の頃から、魚の餌はミミズだと思い込んでいたが、 この魔法のオキアミを岸壁からパラパラと撒きながら釣るとおもしろいように魚が釣れた。朝日町の突堤でチヌの入れ食い、庵治の河口でグレの入れ食い、 壇ノ浦の東岸でグレとチヌの入れ食い等々。高松周辺の釣り場はほとんど頭に入っていた。スズキの良く釣れるとっておきのポイントでは、「釣れますか」 などと人が寄ってきても、魚が掛かっているリールをフリーにして「いや釣れませんわ」などとやっていたと思う。 

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 釣り好きの私が就職したのは東京の同業大手。しかし赴任先は海の無い埼玉県。日曜日に釣り堀に行 くしか無いが、鮒なんぞは小学生がミミズでも釣れると思っていたから、馬鹿らしくて釣り堀には行く気がしなかった。入社して1年ほど経った時当時の 親方に誘われ、渋々近くの釣り堀に行くはめになった。餌はマッシュ(練り餌)。仕掛けの手ほどきを 受け、いざヘラブナに挑戦。しかし釣り堀の魚はスレていて(人間が釣り 上げては逃がすので) なかなか釣れない。いや全く釣れない。隣で近所の中学生とおぼしき子供がピシッと釣り 上げる。最初はまぐれ、 まぐれと思っていたが、三枚、四枚と差を付けられると「ウッ!」 と焦る。短気な太公望は仕掛けをいじり、餌の練り具合を変えて挑戦するが、隣の子供は順調に差を広げる。屈辱的な日だった。釣り 堀の親父がやってきてもニッカズボンにパンチパーマの作業員風には声を掛けてこない。 一緒に行った親方と二人ボウズで(一匹も釣 れないこと)退散した。 帰りの車の中で「中学生の持っていたウキがいいウキだった」とか 「ハリスが太すぎた」とか「場所が悪かった」などと言い訳してもやっぱり悔しい。帰りにはいつもの釣具屋で練り餌を何種類も買いそろえ、次の休みに備えたものだ。釣りは「ヘラ鮒に始まりヘラ鮒に終わる」と言われる。その後も何度も挑戦したが、2 年間でついに、くだんの中学生には勝てなかった。 何でもその釣り堀でも5本の指に入る強者らしい。 勝てない勝負は気が乗らない。埼玉の後半は、もっ ぱら一人で野池に通うようになった。もともと食えないヘラ鮒には興味が涌かないのだと思い込むよう にした。 

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 3年ほど海釣りに遠ざかっていたのだが、なにも埼玉で仕事と釣りばかりしていたわけでは無い。 ちゃんと結婚にもこぎ着けた。新婚旅行は言わずとトローリングのできるハワイとした。細君には申し訳ないが、新婚旅行の思いでは、一番は最初で最後 のトローリングだった。朝6時過ぎ、ビールやサン ドイッチを買い込みチャーターしたクルーザーに女房と乗り込んだ。船の名前は「KAHUNAKAI」な ぜか、未だに忘れない。狙うはマーリン(カジキマグロ)。あちらの小説に出てきそうな顎髭を蓄えた船長が固い握手で「グッドラック!」夢にまで見たマーリンに会えるのだと信じていた。これまで私は 船に酔ったことが無い。瀬戸内海はもちろん、室戸 岬沖のうねりの中でも平気だった。しかし、港を出 て1時間くらいでハワイ島は見えなくなり、360度の水平線。海の色は絵の具を絞り出したような紺碧。周りに舟影は見えない。当たり前だ、マーリンのシーズンでは無かったのだ。しかもハワイ沖のう ねりは半端ではない。3時間の容赦の無いローリン グで不覚にも完璧に酔ってしまった。心配なのは自分より船に弱い女房だ。フラフラしながら奥の女房 に声を掛けようとすると、えっ?涼しい顔でサンドイッチを頬張っている。こちらが声を掛ける前に「だ いじょうぶ?」・・・そうだ!女房はヨット部だったのを思い出した。それ以来未だに頭が上がらない。 大量に買い込んだビールは船長とクルーが旨そうに飲んでいる。その時だ、2本流していた疑似餌の一 つが「ジーッ」と大きな音を立てた。金髪のクルーは私にファイティングチェアーに座れという。カジキマグロ用の剛竿とペンの両軸リールを抱え込むよ うにして座り込んだ。いよいよファイトだ。鉄筋で鍛えた全身に力が入る。D51を持ち上げるほどの力を込めて竿を立てる。「あれっ?」何とも簡単に竿は90度に立った。夢にまで見たマーリンもこの程度であったか!クルーはさかんに「マヒマヒ!」「マ ヒマヒ!」という。ハワイ語ではマーリンのことを そう呼ぶのかと思ったが、なんとも弱々しい響きではないか、しかもえらくリールが軽い。クルーはもっ と早く巻けという。言われるままに100mほど巻き 取った時奥からあの船長がギャフ(魚を引っかける道具)を持ってきた。いよいよだと思った瞬間、船長が言った言葉を生涯忘れない。「アウチ!!!」私は そのマヒマヒの背中しか見ていない。船長がギャフ を打ち損なったのだ。すぐに呆然とする私の方を向 き返り「アイムソリー」それぐらいの英語は私でも分かる。しかし日本語の「なにやっとんや!どあ保」 がとっさに英語で出てこない。こんな事ならもっと真剣に勉強しとけば良かったと思ったが、とっさに出た言葉は「ノープロブレム」だった。情けない。 後で分かったが「マヒマヒ」は「シイラ」のこと。 そんなものなら小豆島でも釣れる。都合のいいこと に私が釣り逃がした魚を女房は知らない。その夜レストランで「マヒマヒのステーキ」を注文し、噛みついてやった。 

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 結婚後、長女が誕生して高松に帰った。ヘラ鮒もマーリンもいらない。やっぱり瀬戸の小魚が釣っても食っても最高だ。私は長女の離乳食をガシラの煮付けと勝手に決め込み仕事が終わってから、よく釣行した。ヘラ鮒ほど難しくないし、マーリンほど力がいらない。おかげで3人の子供は全員が魚好きになった。子供はどんどん成長し、ひとり、ふたりといなくなった。今はローリングにめっぽう強い細君と二人。釣りにもあまり行かなくなった。日曜日に近くのスーパーで買ってきた塩鯖が手軽でおいしい と思う。太公望は「下手の横好き」趣味として、たまに竿を担いで、気の合う友と気軽に釣行できれば満足。年を重ねると、もちろん体力は衰え、ゴルフボールも飛ばなくなっ た。味覚も鈍くなり、 目も薄くなってきた。 しかし小学生の時に初めて味わったあのブルブルとした快感は、今も全く変わらない。太公望万歳。 


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