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2021年6月アーカイブ

休日の過ごし方

澤 隆之
澤 隆之
(株)アイランドプランニング

 コロナ禍で私たちの生活は一変しました。世の中は自粛だらけです。新幹線や飛行機を使った旅行なども簡単にはできない状況だと思います。
 その影響でのアウトドアーブーム。キャンプ場は満員。自然を求めて行った場所が人混みだったりということも多いようです。
 都会では通勤手段の変化で、自転車やバイクが見直されています。その影響を受けてか、バイクブームの再来だそうです。
 私も趣味の一つとして、バイクでのツーリングがあります。オープンエアーで、人の少ない隠れたスポットを探し出かけていきます。

img-02-002.jpg  バイクに乗ると、危険だとか言われます。夏は暑いし冬は寒い、雨の日は濡れ、風が強いときは流されます。まさに苦行です。どうしてそんなバイクに乗り続けるのかと思う時もあります。風を感じて走る、気ままな旅ができるなど、ひとつでもバイクに乗る理由があれば良いのです。

img-02-003.jpg  ツーリングには二種類あり、マスツーリングと呼ばれる大勢で出かけるもので、ルートや休憩場所など予め決めておき、スケジュール通りに行うもの。また、ソロツーリングと呼ばれ、一人で自由気ままな旅を行うものとあります。私の場合、マスツー3割ソロツー7割程度です。
 ソロツーではナビで案内してくれないような酷(国)道や険(県)道を通ることもあります。四国はそのような道が多く、国道439号(よさく)や香川徳島県道3号109峠などは難所として全国的に有名です。車では通行できないような脇道や峠越え、街中の路地裏散策など機動性が生かせます。

img-02-004.jpg  旅好きな人が必ずと言っていいほど目指す場所は最南端・最北端・最高地点等の端っこです。本土16端(本州・北海道・九州・四国の四端)のうち10カ所までは到達できました。また国土四端は択捉島・南鳥島・沖の鳥島など民間人が立入禁止の場所もあるので、到達可能な 北海道の宗谷岬・納沙布岬、沖縄の与那国島・波照間島も訪れてみたいです。

img-02-005.jpg  道路標高日本一は乗鞍ですが一般車両は乗入禁止です。国道最高地点の志賀草津道路渋峠やJR 鉄道最高地点の野辺山は訪れることができました。

img-02-006.jpg  また天守閣や神社仏閣など国宝や歴史的建造物も訪れることが多くなりました。現存12天守も11カ所訪れることができ、残るは弘前城のみです。戦国武将の相関関係など歴史と合わせて見るもの面白いです。神話に出てくるような場所も興味をそそられます。高千穂といえば天孫降臨の場所として有名ですが、九州には二カ所あります。天の岩戸も全国に十数カ所あります。それぞれの地で伝承を読むのも面白いです。

img-02-007.jpg  地理や日本史など、数十年前に習った事を思い出し、また新たに調べたりして予備知識を持って出かけると、充実した旅になります。
 私が愛用している地図にはその地方のグルメ紹介も有ります。世界的に有名なガイドブックとは違う切り口での紹介です。また休憩がてらSA や道の駅で変わり種ソフトも食します。バッタソフトや牡蠣フライソフトは食べるのに躊躇しましたが、普通に美味しいです。
 ガイドブックやパンフレットにある風景写真は晴天に撮られたものが多く、それを期待して行くと霧で何も見えなかったり、交通規制で近寄れなかったり。リベンジ案件として次回に期待します。

img-02-008.jpg  地図や写真で見た目的地に辿り着き、そこに佇んで風と音とを感じてみる。ひと時でも贅沢な時間と空間を体感できれば、明日への活力となります。気力と体力が続く限り私の旅はまだまだ続きます。

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四国の山々をトコトン登り続ける

高岸 雄三
高岸 雄三
(株)高岸工務店一級建築士事務所

■標高1955mの四国剣山にはじめて登ったのが昭和38年(1963年)夏、翌年石鎚山(標高1982)。以来約60年近く山歩きを続けてまいりました。
 若い頃は全国各地の山々なかでも中部山岳などの標高の高い山々へ数多く登っていましたが、そのうち自然豊かな四国の山の良さに気づき、いまではすっかり四国の山なみにどっぷり浸かって楽しんでいます。
 そうして若い頃から現在まで数えてみたら累計で約2000日、四国の山だけでも千数百日以上も山歩きをしてきて、一番登頂回数の多い三嶺(1893)にはもう700回をこえて登っています。

(1)山を楽しむ さまざまな道
■各地には高い山低い山、 険しい山穏やかな山、 奥深い山、 手軽に登れる山から難しい山まで様々な山がたくさんあり、都市近郊の低山には毎朝散歩する人が大勢いて、連休には日本アルプスの著名な山は多くの人々で賑わっています。

img-01-002.jpg ■山歩きは標高の高低、遠くの山、近くの山、所要時間の長短、難しさの度合などいろいろあっても、ひとそれぞれの体力・技量にあわせてコースを適切に選択すれば 幅広くどなたでもどこででも気軽に楽しむことができます。

■山歩きはなにも山頂をめざすだけではありません。
 山麓から健康ウォーキング、山岳探訪、写真撮影、植物観察、昆虫動植物観察バードウォッチング、動物・植物撮影鑑賞、天体星座観察、山菜採取、渓流釣り狩猟・山岳巡礼修行、森林浴、キャンプ、 山小屋宿泊などもあり、きわめて多様に山の楽しみ方が選択できます。山で仕事する林業の方もいます。
 登るだけでなくても健康・レジャー・物見遊山・仕事、それぞれ違った山との接点で山へのかかわり方も様々です。ひとそれぞれの流儀や登り方があり様々な山との関わりがあるというのはそれだけ山登りは間口が広く、奥が深いということです。

■スタンプラリーのように全国著名山「百名山」ピークを巡るだけでなく、流行に踊らされずもっと山を楽しむさまざまな我が道をいく方法がいくらでもあるのです。

(2)我が道は やがて四国の山へ
■ふり返ればはじめは何もわからず体力任せでたんにがむしゃらに登った若い頃は今思えば周りの景色も気にとめることもなく馬車馬のような登り方でした。

■まだ行ったことのない山知らない山域や 行ったことのないルートに行きたくなるのは「未知への憧れ」で、いわば、旅のような登山、山旅というものです。
 山のおかげで全国いろいろな山域に足を踏み入れて、一通り体験して見聞を広めることができましてふりかえればとてもよい旅の思い出となっています。
 長い年月を登り続けているうちにやがて体力任せでなく地元四国の山の山歩きを年齢相応のマイペースでじっくり味わい、楽しみながら登ればより深い感動をえられると次第に思うようになってきました。

■まわりまわってみたら実は「青い鳥」が近くにいるように年月を経てただ無闇に歩くだけでなく四国の山の自然の豊かさを、じっくり味わうことのほうが大切だと気づきました。
 四国の山に腰を据えてしっかり対峙して やっと四国の山をより深く満喫できるようになって、四国の山のよさを、さらにより深堀して頻繁に通いながら四国の山なみにすっかり気に入ってはまりこんでいきました。

img-01-003.jpg (3)毎回 ちがった 山の表情にであう
■同じ山域で同じ場所でも登る度毎に異なる表情をみせてくれる山の奥深さ。
 同じように見えてもより詳しく見れば毎回 天候は違うし木々、草花植物鳥や昆虫、生物も毎週毎週さまざまな表情変化を見せてくれその都度新たな大きな感動を与えてくれます。
 前週蕾だったのが今週咲いている花。春夏秋冬の季節の変化に合わせて小鳥のさえずりも種類も鳴き声などや、さまざまな動植物昆虫などや、木々の具合は毎週ごと微妙に変わってきます。
 足繁く通っていれば変化の移ろい具合がより鮮明になりさらに詳しくわかってきます。
 山が見せる千変万化の表情はどれも旬な時期は本当に一瞬で、まさに自然との一期一会の出会いなのです。

■さらに単年だけの季節変化にとどまらず昨年より今年は雪が多いといった過去の年と比べての経年変化も感じることができ楽しみがぐっと増えます。
 今秋は紅葉が昨秋より綺麗だとか、年ごとのわずかな変化もわかり、場所により、時期、時刻により本当に微妙な変化のある紅葉。裏年、表年どころか何年ぶり何十年ぶりの目をみはるような見事な紅葉にも巡りあうこともあります。

■一年ごとの小さな変化もやがて何十年を経過すればとても大きな変化になってきます。
 背丈を超す深い草木に覆われていた山稜が 植生の変化で足首程度にまで衰退したり、小径の木々がいつのまに太い立派な気に成長して深い森になったりします。
 同じ山域に長く通っていると山域全体の植生の変遷というような、自然の遷移にめぐりあえるのです。

■川の流れもおなじではありません。
 同じようにみえても前週の流れとは違う谷川の流れ、小川のせせらぎ、雨で増水した川、カラカラ天気で枯れ気味の小川。詳細に見れば同じ川の流れはありません。
 川の微妙な変化は過去の天候の履歴とか山の保水の変化によることで山がまさに活きている証拠なのです。
 高い標高の山稜を歩きながらかすかに遠く谷底からの沢音を聞き谷川の流れを思い描くのはとても楽しいものです。

■山鳴りのような風の音も大きい小さいとか、風向きなど風のパターンにより風に揺らぐ木々植物の音などの違いもわかってきて興味深いものです。
 一日の時間帯で変わる微妙な風向き風の強さもあります。
 まだ暗いうちから鳴く野鳥にはじまり一日のうちで微妙に変わる鳥の動き、季節に応じて変化する鳥、カジカ、セミ、スズ虫などの生き物の音、咆哮音、山中でえられる聴覚情報は本当に心地よい山の交響曲なのです。

■毎年その時期になると通常おこりうる事象とはちがい、何十年も長く通っていてはじめて何十年に一回の確率で遭遇するようなきわめて珍しい事象、本当に驚くような気象・天文現象、動植物の生態現象に偶然遭遇することがあります。そのときは自然の神秘という奥深さにあらためて驚かされます。

■何十年ぶりの巨大台風が襲来すれば川筋が一変してしまう渓谷。倒木で足の踏み場もない所もできてしまいます。
 山稜では凄い風圧で横に押しつぶされてしまった植物などをみて改めて自然の驚異を思い知らされます。
 それらも幾星霜を経て自然の回復力、復元力なのでしょうがやがて元通りの静かな渓谷や森林に戻っていくさまは本当に感動モノです。

■昭和56・59年頃の豪雪の冬。トラックの荷台に背丈以上高く、民家軒下まで達する豪雪量を見てここは南国四国か?と驚いたこともありました。

■が、人間の側には 驚くばかりのことでも自然の側からすれば何ら不思議なことでなく通常の変動の枠内のことで、気がつかないのは人間がただ単に無知だけのことで、自然は何事もないよう泰然としています。

■四国の山にはこうした素晴らしい自然が本当にたくさん残っていて、まさに二度と同じ情景に出くわすことのない悠久の自然が見せてくれる千変万化の奥深い表情にであうことができて奥深い四国の山で山登りができる幸せをつくづく感じます。

(4)心ここにあらざれば、みれどもみえず
■自然の長い間のゆったりした変遷に比べたら、ひとりの人間はほんのわずかの期間でしか山に接する事ができません。人と自然との出会いは一回一回の一期一会の出会いで、そのワンチャンスを本当にしっかり大事にしていかなくてはなりません。

■その山の面白さをより深く味わいながら山を永く登り続けるには人間のほうもそれなりの 心構えが大切です。
 少しでもいい写真を撮ってSNSにて皆に自慢してみよう、スタンプラリーのような著名山など数多く登って自慢してみよう、過激用語「リベンジ」とか、などの雑念は私には無縁です。

■「心ここにあらざれば、みれどもみえず」
 ありがたいことにこうして自分はいま山に登らしてもらいますという山から教わる謙虚な気持ち。
 謙虚さがないと、山では見えるものが見えません。自然が見せる数多くの表情に接することができずちょっとした変化にも全く気がつきません。

■山は登らせてもらっているという謙虚さが大切です。
 感謝の気持つねに謙虚さを持ち続けて無欲な心で焦らず慌てず奢らず侮らず、謙虚な気持ちをもって接するといままで見えなかったことが数多く見えてきます。
 自然の宝物は謙虚さのもとでこそ目の前に広がって見えてくるのです。
 高い低いどんな山でもまず無心・無欲で山に向かう素直な気持ち、山から教えをもらうという謙虚な姿勢こそが一番大切です。

■謙虚になればなるほど今まで気がつかなかった新たな植物・動物・地形・自然などがまたあらたに見えてきます。
 一つ知れば次々にまた知らないものの存在に気がついていくのです。こうして知らないことが連鎖的に、どんどん広がっていきます。
 満天の星空で無数の星が目には見えても知っている星座はほんのごくわずか。
 いつもよく通うところに絶滅危惧種が存在しているのでさえ全く気づかず最近まで見逃すぐらいで、いまだに全然何も分かっていない、まだまだ知らないことばかりなのです。

■時間はかかるだけかかる
 山登りでは所要時間は本来かかるだけかかります。
 コースタイムとかいう標準所要時間など気にしてせわしく追われたような気忙しさのなかで登っていては本当の山が見えてきません。
 時間を気にすることなく貪欲に自然との接する時間をつかえば使うほど山中での楽しみも間違いなく増えますが、またたくまに光陰矢の如く時間は過ぎていきます。
 無理のないようにほどほどの安全な行程で帰着したいものです。
 万がいつ遅くなれば「夜道に日暮れなし」の気持ちでいればいいのですが、やはり、念のためにヘッドランプの携行は安全上 必須です。

(5)山村の急速な変容
■自然は悠久で、ゆったりと静かに進むのに比べ、人間側の山村社会のほうは急速に過疎高齢化が進んでいます。
 山里の昔ながらの狭い道路も長い年月をへて拡幅改良舗装されて道路交通は便利になりましたが、外から入るのも楽になると同時に、山里の人が外に出ていくのも容易になり、むしろ山村から若年者の流出がふえて山村の住民は高齢化しました。

img-01-004.jpg ■むかしの山里では盆や年末年始には県外からの帰省で賑わっていて、このときは山村の集落は県外ナンバーなどの帰省車で溢れかえり、山里のお盆の夏祭りも何日間も続き都会から戻った若い帰省者で山里は活気に満ちて大いに賑わっていました。
 いまでは夏祭りも一日だけの開催ですが県外から帰省する人もめっきり少なくなりとても寂しくなりました。

img-01-005.jpg ■ゴールデンウィークの時期には都会から親族が孫をつれて帰省するというので山里では祖父母が鯉のぼりを掲げて孫を歓待していたものでしたが、そのうち孫も成人したのでしょう。連休時期になっても山里の鯉のぼりはもう見かけなくなりました。

■山村の集落を通り抜けるときここではこの車あの車といつも見慣れていたはずの駐車車両が、いつのまにか見かけなくなりなり、山村の人口は激減しています。

■山里の過疎高齢化が進行し都会へ出ていった出身者が帰省しようとしても元の家がすでに廃屋になってしまっているのです。

■集落では廃屋が目立ち、真新しい墓石が増えましたが、いまでは新しい墓でさえ草木に埋もれてきています。

■かつて山間地を支える主力産業だった林業。かつての林業従事者は、すでに高齢にて引退しています。
 今よく見かけるのは補助金による間伐伐採で、地域外伐採業者の手で、補助金シールつきの高性能林業機械を使って行われていて、本当の山村活性化にはつながっていません。

■山間地での主力産業であった土木工事業も仕事が少なくなって業者の数は半減。放棄された土木資材置場、生コンプラントが目につきます。
 住人が住んでいるところでは地すべり対策などの防災事業も焦眉なのでしょうが、廃屋ばかりの山間地では防災対策工事も急ぐこともなく残念ながら後まわしになるのでしょう。

■その昔山里の集落で夕方、「かまど」の煙が各所から立ちのぼる光景は本当に情緒のあるものでした。
 やがて燃料革命なのか、奥深い山村にも出現したLPG ガスボンベ。
 山奥深いところまで巡回収集する4WD のゴミ収集車。
 廃校になった地区からの生徒の通学ためのスクールバス運行。
 どれも山深い山村で見始めたころは驚きでしたが、そのうち山間地でも普通の見慣れた光景になり、やがて廃屋がふえ、ゴミ収集車も出番が少なくなり、スクールバスに乗る生徒さんも激減しました。
 小学校の秋季大運動会が校区ごとに行われ、地区住民あげての大きなイベントで生徒・住民ともに大いに盛り上がっていましたが、そのうち生徒数の減少で小学校は廃校になりました。

(6)山里の皆様のおかげ感謝です
■冬雪深い山里でも人家のあるところまでは自治体などの道路除雪サービスがありますが、それでも、降雪直後家の前の道路をまだ暗いうちからモクモクと雪かきする山里の地元の方々には本当に頭が下がります。
 ここまで、とても長く山登りできてきたのもつきつめると山里の地元の皆様のおかげで登らせて頂いただけのことです。山村の皆様に改めて深く感謝する次第です。
 その山里が昨今大きく変容し先行き大変心配する状況なのです。

■悠久の自然の流れと比べ人間側の山村の変容ぶりはあまりに急激ですが、深い自然の山には豊かな自然の貴重な宝物がいまでもしっかり詰まって残っています。
 現下の山村の課題の解決には相当な時間がかかりそうですが、いずれまた、素晴らしい自然の豊かさという大切な宝物がいっぱい詰まっている山里の素晴らしさが、再認識されて山の宝物が光り輝く日がきっと来るものと固く信じています。
 それまで自然の悠久の営みのなか現状を謙虚に受けとめて、これからもずっと四国の奥深い山々にトコトン通って、山村の行末を按じながら見守り続けていこうと思っています。

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-(会員シリーズ)過ぎし日を語る - 富岡學

事務所協会と賛助会
富岡學
(一社)香川県建築士事務所協会
相談役 富岡 學
(有)富岡建築研究所

 私は48年前の1973年10月に大学院を中退し大江宏建築事務所に入社して社会人になりました。
 川の土手に雪が残るなか、座っているだけでいいから、と連れていかれたのが埼玉県境の三園浄水場でした。送配水ポンプ所・薬品処理所・活性炭注入所・ケーキヤードの上屋築造工事と管理本館の改修、建築設備工事の500日の常駐監理でした。
 東京都水道局西部建設事務所監督員詰所にある自分の机の引き出しは参考書で一杯で、巾木も本で知りました。柱主筋の台直しをガスバーナーでやっていたので、構造事務所の青木繁研究室を訪ねると、顔を出した人から片山設計の神原ですと言われ驚きました。
 現場からは有楽町の会社に毎日帰りました。地下鉄の高島平駅(当時は終着駅)まで2km近く歩き、途中のトラックターミナルで夕食を食べ、10時まで会社の仕事を手伝いました。1974年には三菱重工爆破事件があり、現場近くの会社のあったビルに帰るとEV ホールで会社名と名前を書かされました。
 多くの人との出会い、打ち合わせ、立ち合い検査があり、様々な経験が知識となりました。

img-01-002.jpg img-01-003.jpg img-01-004.jpg  香川県建築士事務所協会では賛助会のセミナーと工場見学会に参加していますが、製品・製造過程の知識を得られ、各工場敷地全体の雰囲気を体感できました。バス移動のでは、多くの施設の見学ができました。
 TOTO テクニカルセンター大阪の見学会では、カタログで見たトイレの使い勝手を体感できるバリアフリーラボの実物を見学できました。
 明石大橋を初めて通りましたが、淡路サービスエリアのトイレの上り側と下り側でTOTO とINAX を使い分けていました。
 平成20年のシンコユニ㈱の見学会では屋根材の製造ラインを見学しました。
 平成21年の武田建設㈱の見学会では工期短縮につながる折り畳み式の先組梁鉄筋を見学しました。
 平成22年の大建工業㈱岡山工場の見学会では初めて瀬戸大橋を車で渡りました。また、岡山が点字ブロックの発祥の地であることを知りました。
 平成23年の神戸にある吉野石膏の工場見学では神戸のハーバーランドも見学できました。
 平成24年の㈱日鋼サッシュ製作所の見学会では製造ラインが昼夜2交代制で制作されていることに驚きました。精神病院でも使われている刑務所錠が組み込まれた建具もありました。
 平成26年には四国化成工業㈱で私自身も採用した車感知自動開閉式の引き戸門扉を見学しました。
 平成27年の㈱請川窯業の淡路西淡町での見学会では製造ラインを見学後、昼食には明石海峡の鯛を食べ、淡路人形浄瑠璃を見ることができました。
 平成28年の一光電気㈱の見学会では分電盤の制作ラインを見学しました。
 工事監理をしている現場で工事施工者の協力会社が見学に行った会社だと安心を感じます。

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